フランスにおけるヴァイオリン製作の歴史を振り返ると、概ね19世紀以降のモダン時代がその黄金期であることは疑いようのない事実である。その時代の先陣を切った数名の製作者のうちの一人が「フランスのストラディヴァリ」こと二コラ・リュポ(Nicolas Lupot, 1758-1824)であることは、おそらくは多くの人が知るところだが、それに比肩する才能を持った知られざる天才とも言えるのがこのジャン・フランソワ・アルドリックである。
アルドリックら、この時代をリードしたフランスの製作者達に共通するのは、アントニオ・ストラディヴァリ(Antonio Stradivari, 1644-1737)を規範としたヴァイオリン(およびヴィオラ、チェロ)を先んじて製作したことである。これはモダン・ボウの完成に寄与したことで有名な名ヴァイオリニスト、ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィオッティ(Giovanni Battista Viotti, 1755-1824)の存在が関係している。ヴィオッティはストラディヴァリのヴァイオリンを愛用し、そのことが現代にまで至るストラディヴァリの評価を決定付けたことでも知られるが、彼がパリで成功したことにより、ストラディヴァリのヴァイオリンそのものはもちろん、当時の新作ヴァイオリンにもストラディヴァリ・モデルで製作された作品が急激に求められるようになったのである。
この潮流の先頭を走ったアルドリックは、総じて魅力的なストラディヴァリ・モデルのヴァイオリンを製作したが、その作品のエッジワークやスクロールには力強く男性的な個性が表れている。後年の典型的なモダン・フレンチ・ヴァイオリンは、綺麗がゆえにともすればやや画一的に見えることもあるが、アルドリックの作品はそれらとは明らかに一線を画す迫力を持つのが特徴である。製作当時から経年した材料を熱心に探して使用していたことから、作品自体の設計の良さと相まって特筆すべき音色の良さがあったことが、様々な資料で触れられている。
その作品はあまりマーケットに流通することがなく、また一部にはニスの仕上がりの魅力に欠ける作品も存在することから、過小評価される傾向のある製作者であり、それが冒頭「知られざる」と申し上げた理由である。その真価は知る人ぞ知るところである。