オークションの風景

オークションとは?

オークションを邦訳すると「競売」となります。みなさんはオークションと聞くとどんなイメージを思い浮かべますか?

人によっては、差し押さえ物件の競売といった、ダークな印象もあるかもしれません。日本では一般に広く浸透した文化とは必ずしも言えないオークションですが、海の向こうでは一種バザーのようなお祭りイベント的な様相です。簡単に言えばオークションはせり市のようなもので、一番高い値段を付けた人が落札者となる単純なシステムです。

楽器を取り扱うオークションハウスで最も有名なのは、ロンドンに居を構えるクリスティーズとサザビーズで、共に設立は18世紀の半ば頃と、由緒ある歴史を持ちます。両社とも美術品を専門に取り扱うオークションハウスで、絵画や彫刻などと並ぶ一部門として楽器を取り扱う部門があります。

楽器部門では、ギターやピアノ、管楽器も出品されますが、主役はヴァイオリン属の弦楽器です。みなさんもご存知の通り、300年前後も昔に製作されたストラディヴァリなどの作品が、現在でも現役で演奏用途にも使われている点、ルネッサンスの潮流の延長線上に位置し、並外れた芸術的完成度を持つという点など、楽器としては他に類を見ない特徴があることが、ヴァイオリンが主役たる理由だと思います。

オークションの雰囲気は?

ストラディヴァリなどの超高級品も扱うことのあるこれらのオークション、さぞや敷居が高いのだろうと思う方もいらっしゃるかもしれません。 実際の会場は、いかにもお金持ちといった感じの人は殆ど見当たらず、中には結構汚い格好(笑)の人も少なくありませんので、特に気を遣う必要はないと思います。ちなみに、汚い格好をしている人の殆どは、あまり儲からない商売である弦楽器商、つまり業者だったりします。

会場は競売日に先立って3〜4日間開放され、自由に下見ができます。会場内では、時間を掛けずに次々と楽器を見ていく人、内視鏡を使って穴が開くほどじっくりと見る人、片っ端から弾きまくる人など、様々です。ちなみに、ある程度以上の鑑定眼がある業者の場合は、じっくり見ることも、ましてや弾くことも殆どありません。そういう人の場合、良い楽器の前で微妙に足が止まったりしますので、それを観察するのも悪くないと思います。

値段の高い楽器はコーナーを分けてあったり、ケースに収められている場合がありますが、係の人に頼めば手に取って見ることも、試奏することもできます。また、特に気になる楽器がある時は、リクエストをすれば、会場の喧騒から離れ、別室でゆっくりとチェックすることも可能です。(続く)

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掘り出し物はあるか?

オークションには、価値を忘れられた埋もれた名器が出てくる、といった話を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。名もなき中古のヴァイオリンとして、ストラディヴァリが100万円かそこらで出品されていたら、こんなに興奮することはありませんが、少なくともそんなことは殆どあり得ません。多少の鑑定ミスはあるにせよ、それすら多くはありません。

オークションでは、エスティメーション(想定価格)を、事前に製作するカタログに記載します。これは、オークションハウスが妥当と考える価値ということです。オーナーのみならず、オークションハウスも、高く売るほど販売手数料が多く得られますから(販売手数料は落札価格の20%前後)、あくまで妥当な範囲内で魅力的な想定価格を算出することになります。したがって、実際の価値と大きく乖離したエスティメーションはそうそう出てきません。

しかしオークションは人間の欲が渦巻く場所でもあるのです。掘り出し物を探したいと思っていると、何でもないものが良く見えたりするものです。誰の眼にも安いと思われるロットが妥当な値段に収束する場合もあれば、エスティメーションが妥当であっても熾烈なバトルが展開される場合もあります。これもまた、オークションに参加していて遭遇する面白い場面のひとつです。

人間の性について

掘り出し物とは別に、欲しい人が集中して熱くなると、とんでもない値段に吊り上ることがあります。

少し前のオークションで、オーベルトの古い駒が数百枚、売りに出ていました。エスティメーションは400〜500ポンド(10万円前後)でした。確かに古い駒は貴重品ですし、500ポンドはいささか安過ぎます。しかしそれは、オークションハウスの狙いだったんですね。

競りが始まると、あっという間に5000ポンド(約100万円)を超えたかと思えば、誰かが「俺は10000ポンド(約200万円)出すぞ」と敢えて声を上げて牽制する。それでも加熱した雰囲気は収まらず、結局落札価格は20000ポンド近く(約400万円)。会場には驚愕、落胆、賞賛、嘲笑が複雑に入り混じったどよめきが起こり、やがてそれは拍手に変わりました。落札者はアメリカの業者で、私は面識があったので、落札直後に「おめでとう」と声を掛けましたが、明らかに興奮気味でした(笑)。

実は私も予算を5000ポンドと考え、「駒に100万円を払う気概のある業者は自分くらいのものだろう」と自信満々で会場入りしましたが、甘かったのです。後で何人かの業者に聞くと、予算も含めて私とまったく同じようなことを考えていた人達が結構いて、みんなで大笑いしました。熱くなって落札してしまうと、後悔することもありますので、ご注意を。私は今でも「駒に400万円払えば良かった」とは全く思いません。

この文章は、当社代表取締役の茶木祐一郎が過去執筆したメールマガジン「ヴァイオリン・ファン」第11号から引用しました。引用にあたり一部加筆・修整を行っています。

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