弦楽器の市場価値

ご自身の楽器選びに際し、何を拠り所に楽器を選んで良いやら迷った経験のある方は少なくないのではないでしょうか。ストラディヴァリを筆頭として、弦楽器というものは、何やら不明確な根拠のもと、ものすごい値段がするものらしい、というイメージがあるのではないかと思います。

一見、せいぜい骨董的価値感という程度の他には根拠が無さそうに思えるかもしれない弦楽器の市場価値ですが、実は厳然とした価値の序列が存在します。この命題について、ひとつの側面から考察してみたいと思います。

多くの楽器を手にしてわかること

私の楽器商としてのある1年間を例にとりますと、素晴らしい7挺のストラディヴァリと2挺のグァルネリ・デル・ジェズを筆頭に、多数のオールド〜モダンの名器からほとんど価値のない中古、新作に至るまで、5,000挺以上の楽器を実際に手に取って見ました(日々の仕事を通して取り扱った楽器、国内外のディーラーで見た楽器、Sotheby's、Christie's、Bonhamsを中心に、Tarisio、Bongartz、Dorotheumその他、世界各地のオークションに渡航回数で年間4度)。多数の楽器を目的意識を持って見ていくと、市場価値に自然と合理性を感じている自分に気付きます。特に、名器と呼ばれる楽器は、どうやらある種の軸となっているのです。

このことをご説明するには、どれだけ言葉を尽くしても難しいですし、ともするとアカデミックで退屈な話題になりそうなので、ここではその「ある種の軸」と申し上げた部分を中心に、ごく大雑把な一面だけでもお伝えできればと思います。

ストラディヴァリはヴァイオリンの頂点である

ストラディヴァリは、イタリアのみならず、すべての国、すべてのヴァイオリンの頂点であり、ヴァイオリンの理想形です。何故なら、「能力(音質と音量)」「製作技術(高精度な造り)」「芸術性(作品が醸す美しさ)」のすべてが、後にも先にも比類が無く、まさに空前絶後だからです。

イタリアに突如としてヴァイオリン製作の技法が出現し、ストラディヴァリによって崇高な完成形へと導かれたことは、ルネッサンスという、文化・芸術が怒涛のように渦巻き花開いた時代背景における奇跡に他ならず、この後二度とこれを凌駕する製作者は現れていません。

ストラディヴァリをヴァイオリンの頂点と考えてみると、市場価値もまた、ストラディヴァリを頂点にしてヒエラルキーが形成されていることがわかってきます。言い換えるなら、先に述べた「能力」「製作技術」「芸術性」に加え、製作年代の古さがストラディヴァリにより近い順に、価値序列が形成されているのです。(続く)

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例えば、その後の各時代において飛び抜けて評価の高い製作者は、ストラディヴァリの評価が同世代の製作者の中で際立って高いのと同様に、楽器の能力はもちろんのこと、製作技術と芸術性も極めて優れています。下記のメーカーはその一例です。

  • プレッセンダ - Giovanni Francesco Pressenda, 1777-1854
  • ロッカ - Giuseppe Antonio Rocca, 1807-1865
  • ファニョーラ - Hannibal Fagnola, 1865-1939
  • グァルネリ・デル・ジェズについては、ある意味特殊な位置付けなので、今回は簡潔にまとめるため、例外としておきます。彼はヴァイオリンの能力の一点において、ストラディヴァリでは得られない種類の味付けを追求し、今日に至るまでの歴史上、唯一それを成功させた製作者です。

イタリアの楽器が良い!?

日本では、イタリア製のヴァイオリンが製作時代を問わず人気です。一方では、これを揶揄する意味で「楽器の良し悪しと国籍は関係ない」という意見をよく耳にします。実際、イタリア人が最もヴァイオリン製作の素質が高いのでしょうか?また、イタリア製のヴァイオリンには合理性を欠く高いプレミアが付いているのでしょうか?

確かに、各時代において最も評価の高い製作者は、ストラディヴァリを筆頭に、イタリア人ばかりが名を連ねています。これには主に次に挙げる理由があったのではないかと推測できます。まず、ヴァイオリン製作技法はイタリアが発祥ですから、ストラディヴァリの技法を直接受け継ぐことができたのは、当然のことながらイタリア人であったことが一点。近代まで情報伝達は極めて困難だったと考えられますから、イタリア以外の国でクレモナ派の技法を取り入れようにも、断片的な情報しか得られなかったであろうことが一点。そして、各国各地で培われた技法は後世に継承される傾向が強かったことから、他国に生まれた製作者は、結果として決してストラディヴァリに近づくことができなかったことが一点です。

しかし実際は、イタリア以外にも天才は生まれました。後述するフランスのリュポは、一級品を除くイタリア人製作者の楽器と比較し、明らかに楽器の完成度が高く、市場価値も勝っています。一方で、少し後の世代のイタリアにおける天才、プレッセンダと比較すると、作品によっては甲乙付けがたい出来であっても、市場価値の面ではややプレッセンダが上位となります。

以上の事柄をまとめると、イタリア製ということで多少の市場価値の底上げはあるものの、楽器の根本的な出来(=ストラディヴァリへの近似度)を覆すほどではないということになります。付け加えるならば、国際相場という視点で見た場合、イタリアの新作だけは、日本市場プレミアとでも呼ぶべきものが付いています。(続く)

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楽器の市場価値を考える指針としての国籍

ヴァイオリン製作の歴史全体を考えると、国籍分類はイタリア、フランス、ドイツの三カ国に集約されます。というのも、少なくとも19世紀までは、一部の例外を除き、まとまった数の優秀な製作者を輩出した国が他に存在しないからです。それでは、各国の頂点に立つ製作者は誰でしょうか?以下にこの三ヵ国で市場価値の最も高い製作者を列挙します。

  • イタリア → ストラディヴァリ - Antonio Stradivari, 1644-1737
  • フランス → リュポ - Nicolas Lupot, 1758-1824
  • ドイツ → シュタイナー - Jacob Stainer, 1617-1683
  • ゴフリラを代表とする、イタリアにほぼ同化して製作したドイツ人は除く

これらの製作者の特徴を大まかに知るだけで、ストラディヴァリへの近似度と市場価値が一致するという考え方を一歩進めることができます。つまり、フランス製のヴァイオリンはリュポを頂点にその近似度を考えると、わかりやすいのです。以下、フランスとドイツのヴァイオリン製作の系譜を簡単に述べることにします。

フランスの頂点に立つ製作者とその後継者

フランスのストラディヴァリと評価されるのがリュポです。彼は生まれついて製作に才能を発揮し、極めて洗練された作品を製作します。そして、生地オルレアンからパリに移住した後期、その才能が華々しく開花します。恐らくストラディヴァリの作品を多数研究する機会に恵まれたのでしょう。

リュポ以降、その弟子のガン、ベルナルデル、そしてミルクールに登場したヴィヨームなどにその伝統が引き継がれていきます。共通した特徴は、ストラディヴァリの形状・細工を精密に再現しようとする意志が感じられることです。これは現在に至るまで引き継がれている、フランス人の気質とも言うべきものです。ニスの面では、次第にイタリアの深く美しい赤から離れ、独自に編み出したものを使用するようになります(これにより、ストラディヴァリからは遠のいていきます)。フランス製のヴァイオリンは、ほとんどすべてがリュポを頂点にその後継者を結ぶ線の延長線上にあります。

ドイツの頂点に立つ製作者とその後継者

では、シュタイナーはドイツのストラディヴァリでしょうか?残念ながら、これは否と言わざるを得ません。(続く)

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言い方は悪いですが、アマティを不恰好に崩したような製作スタイルは、楽器の能力の面でストラディヴァリに及ばず、製作技術や芸術性の面でも、少なくともアマティ、ストラディヴァリのような均整の取れた美しさという感覚はありません(ただ、例外的に優れた作品も存在することを一応付け加えておきます)。その評価については諸意見あるかもしれませんが、市場価値に多くの人の意見が反映していると言えるでしょう。シュタイナーの市場価値はリュポより低く、リュポと比較し概ねその2/3程度です。

シュタイナー以降もドイツでは非常に多くのヴァイオリンが製作されましたが、いずれもシュタイナーと似たり寄ったりのスタイルで製作しています。そして、星の数ほどある楽器の中のほとんどは、市場価値を生じる程度の評価すらされていません。クロッツを始めとして、幾人かの良い製作者は現れましたが、いずれもシュタイナーに倣ったため、楽器の能力にバランスを欠くこと、製作技術がフランスとは比較にならないこと、芸術性の面でもイタリア製のような美しさも味も希薄で、むしろ無骨であることなどから、市場評価は最低限の楽器としての評価プラス古さに対するプレミア程度です。

その後ドイツ人のほとんどがシュタイナー・スタイルに見切りをつけ、フランス人のようにストラディヴァリに倣うようになったのは19世紀後半のことで、大量生産の潮流と同時期のことです。

「スクール」という考え方

以上、ご説明してきました考え方は、ヴァイオリンを鑑定・分類する際の「スクール」という考え方の基本となります。「スクール」とは製作スタイルの系列を指す言葉と考えて頂ければ良いと思います。日本語でイメージするなら「流派」といったところです。以下のような使い方ができます。

  • イタリア・スクール
    あまり使いませんが、例えばイタリアで製作されたことが確実で、誰が製作したか特定できない場合などに用います。
  • クレモナ・スクール
    アマティ、ストラディヴァリを中心とした、その師弟関係を辿れる製作者が製作したヴァイオリン。
  • ストラディヴァリ・スクール
    ストラディヴァリが製作したヴァイオリンを含め、その直接の影響・薫陶を受けた弟子が製作したヴァイオリン。

(続く)

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まとめ

楽器の市場価値の根拠を知るには、最高の楽器を知ることです。できれば手に取ってじっくりと楽器を見ることが理想ですが、次善の策として写真を見るだけでも無意味ではありません。今回、名前を出したような製作者は資料が豊富ですから、その入手に困ることはないと思います。

最後にご説明したスクールという考え方は、さらに価値序列を明確にすることに役立ちます。今回は国籍という最も大雑把な分類をご紹介しましたが、さらには楽器から読み取れる様々な根拠のもとに、地方、流派と範囲を狭めていくことで、最終的に製作者を特定できるのです。この作業が鑑定と呼ばれるものです。

あらゆる楽器とその市場価値の相関を知ることは、オールド名器の鑑定という限られた作業のみならず、ごく身近な中古や新作の楽器の良し悪しを的確に判断することにも大いに役立ちます。極論すれば、オールド名器から新作量産品まで、すべてのヴァイオリンはストラディヴァリへの近似度で大雑把な価値判断ができるのです。

あとがき

70年代をひとつの境に、急激に日本に素晴らしい名器が多数流入するようになりました。今や日本は世界でも有数の名器保有国です。にもかかわらず、現在に至っても未だに当時と同じく、楽器の価値の根拠はわかりにくい、もっと言えば楽器市場は何やら怪しいものだと思われているようです。

ここでは筆者自身の経験を通した実感として、楽器市場などというものは、大まかな部分では、実は割と単純な構造だということをお伝えしようと、基本となる考え方をできるだけ単純化して解説しました(もちろん、つきつめると果てしなく奥が深く、難しい世界ですので誤解なきよう)。

この文章は、当社代表取締役の茶木祐一郎が過去執筆したメールマガジン「ヴァイオリン・ファン」第8号から引用しました。引用にあたり一部加筆・修整を行っています。

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