幻のストラディヴァリ“デュランティ”と千住真理子との出会い

 

その知名度からすれば、歴史上の重要人物とさえ言えそうなアントニオ・ストラデイヴァリ(ストラディバリウス)。申し上げるまでもなく、最も有名なヴァイオリン製作者にして、その作品は世界最高の名器であることは、皆様よくご存知の通りである。

ストラディヴァリの生涯については諸説あるが、一般に生年は1644年、没年は1737年とされている。単純に計算しても93歳という、当時としては実に驚異的な長寿であった。ストラディヴァリは、師のニコロ・アマティ(1596〜1684)から独立を許可されてから数年もすると、最も人気のあるヴァイオリン製作者としての地位を築き、ヨーロッパ諸国中の王侯貴族から多くのバックオーダーを抱えていたと伝えられている。当時のイタリアでは『ストラディヴァリのような金持ち』という言葉が流行するほどで、早い段階から相当の経済的な余裕があり、心置きなくヴァイオリン製作に没頭できる環境にあったようだ。

ストラディヴァリの作風を分析すると、年代別にいくつかの「パターン」(一般に、楽器全体の形状をこう呼ぶ)に分類できることに気付く。  続き 

まず、師・アマティの影響が色濃い(既にストラディヴァリ自身のオリジナリティは大いに感じられるものではあるが)初期の作品群(およそ1660〜1689年)、独創性が発揮され始める細長い面持ちの通称ロング・パターン(1690〜1699年)、よく知られた名器が集中して製作されている黄金期(1700〜1720年)、そして機能向上のための小変更を繰り返した後期〜その神業にやや衰えを感じさせる晩年(1721〜1737年)が挙げられる。

以上の説明でおわかりの通り、ストラディヴァリはヴァイオリン製作にその生涯を捧げ、死のほとんど直前まで製作を続けた。職人としての彼の気質は、その作風と製作期間の2点から以下の通りの想像ができる。第一に、彼は実績のある製作方法の利点と欠点を完全に把握するまでは、頑として製作スタイルを変えず、しかしながらそれに固執することなく、さらなる完成形を追い求め続けた。第二に、彼はその長い生涯に休むことなく製作に打ち込んでいる。先に述べた黄金期とされる時期の年齢はなんと56〜76歳である。18世紀初頭という時代に、現代の我々の感覚で考えてもそろそろ引退という年齢から、製作意欲が衰えるどころか円熟の極みに達するのだ(それも相当の経済的余裕がありながら!)。彼にあくなき向上心と並外れた勤勉さがあったからこそ、今もってヴァイオリンの理想形とされる黄金期の作品群が生まれたのであり、こうして生み出された作品だからこそ、数百年の長きにわたり人々の心を捉えるのではないだろうか。  続き 

 
 

さて、ストラディヴァリの黄金期の中でも、特に並外れた名器が多く生み出された黄金期中の黄金期と言われるのが、1714〜1716年の3年間である。千住真理子氏の所有する『デュランティ』は1716年製であり、同年にはナタン・ミルシテイン(20世紀ロシア最大の巨匠、1903〜1992)が生涯愛した『ゴールドマン』や、ほとんど製作された時の姿のままで発見され、現在は英国オックスフォード大学の博物館に所蔵されている『メシア』などそうそうたる名器が製作されている。

ここで、千住真理子氏と名器『デュランティ』の出会いについて詳しく説明しよう。『デュランティ』はもともとローマ法王の秘書官の注文により製作された。言うまでもなくストラディヴァリの最高傑作のひとつに数えられる。その後フランス貴族のデュランティ家の手に渡ったことが『デュランティ』という号名の由来である。さらにこの名器はスイスの大富豪の手に渡り、100年以上の間コレクションとして眠っていたのだが、今回、再び陽の目を見ることとなり、千住真理子氏の手に渡ったのだ。しかし、実は話はそう簡単ではなかった。当初『デュランティ』の購入希望者は複数おり、国籍はそれぞれドイツ、オーストリア、そして日本であった。  続き 

楽器市場はオークション、ディーラーともに欧州が支配的であるため、日本人演奏家はそれだけでも名器の入手という点で欧州の演奏家より不利なのは残念な事実である。しかしながら今回は様々な事情が積み重なり、千住真理子氏の手に渡ったのだ。

このことは偶然とも幸運とも捉えられるかもしれない。しかしながら、ストラディヴァリが見えざる志に従って名器を製作し、言わばその志が所有すべき人を選んだと思えてならない。最高の名器というものは、そのほとんどがまるで引き寄せられるがごとく、一流演奏家という最高のパートナーと巡り合うものである。100年以上眠り続けた名器が一流の演奏家に所有されることを望み、そして候補の中から千住真理子氏を選んだと考えるのはいささかロマンティック過ぎる考えだろうか。その回答はこの録音にあるのかもしれない。


©東芝EMI株式会社

この文章は、東芝EMI株式会社様のご依頼で当社代表取締役の茶木祐一郎が執筆した、EMIクラシックス「カンタービレ」千住真理子(TOCE-55580)収録のライナーノートです。

 
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